宮崎神青ブログ - 最新エントリー

いいね!御守り~⑦~

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執筆 : 
sashi 2020-7-14 9:20

今回ご紹介しますのは

 

宮崎市に鎮座します 江田神社の御守りです。

 

 

由緒

「みそぎ発祥の地」「祝詞発祥の地」として知られる江田神社。その歴史は非常に古く、10世紀の初期に記された『延喜式』にもその名を見ることができます。 日本最初の夫婦と言われる伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と 伊邪那美命(いざなみのみこと)を祀っており、良縁を願う参拝者が多く訪れます。 同じ敷地内には、伊邪那岐命が黄泉の国で穢れた体を清めるために身を沈めた「みそぎ池」があり、この地で天照大神(あまてらすおおみかみ)、月読尊(つくよみのみこと)、素盞鳴尊(すさのおのみこと)の3神を生み出したと伝わります。 また、強いパワーを持つと言われる御神木が2つあり、1つは社殿左側に植えられた招霊木(おがたまのき)は天岩戸伝説に登場する赤い実をつける木。もう1つは大きなクスノキで、木の下の方にあるコブに触れると強運を得られると言われています。

 

御本殿

 

みそぎ池

 

御守り

 

禊祓とんぼ玉守り

当社御祭神の伊邪那岐尊は、禊を行い黄泉の国で穢れた身体を祓い清めました。

この故事に肖り身体健全・開運厄除の御神徳が込められた御守りです。

 

 

いいね! 御守り ~⑥~

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sashi 2020-6-14 10:23

 

今回ご紹介しますのは、

 

県南地区  日南市榎原に鎮座します

 

榎原神社のお守りです。

 

御祭神

天照大神

天忍穂耳命

彦火瓊瓊杵命

彦火火出見命

鵜鷀草葺不合命

神日本磐余彦命

 

由緒

万治元年(1658年)、 当時神女として崇められていた内田万寿姫の進言によって 第三代飫肥藩主伊藤大和守祐久公が鵜戸神宮のご分霊を勧請して 代々藩主の崇敬斜ならず爾来官幣大社の鵜戸神宮と並称して 飫肥の御両社とし、藩内護国の鎮守として創建された 古くから縁結びの神様として親しまれ、 境内には樹齢約六〇〇年の大楠(男楠、女楠)が 寄り添うように聳え立つ また、朱塗りの本殿と鐘楼、楼門は 県の有形文化財に指定されている 摂社桜井神社は神女内田萬寿姫を祀る

 

【本殿写真】

 

 

『縁結びお守り』

 

数多の結び事が叶うようにと 紐を結んだ時の形状にしたお守り 桜模様が施してある

 

 

第40回 御田植祭

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活動報告
執筆 : 
sashi 2020-6-13 18:37

令和2年度

はじめての投稿です。

本来ならば、4月の総会後に投稿予定でしたが、

新型コロナウイルス感染拡大を受け、

当会の事業や会議等 なかなか開催が

出来ない状況でしたのでご了承ください。

 

さて、新型コロナウイルスの影響により開催も危ぶまれていた

 

宮崎県神道青年会 第40回御田植祭を

 

6月9日に滞りなく 斎行できましたことを

 

ご報告致します。

 

 

場所は、県北地区 延岡市北方町

御神田

 

当日は、梅雨らしい天候の中での祭典となりました。

祭典の様子

 

水口奉幣の儀

 

玉串奉奠

 

今回、田主・田長を引き受けていただきましたのは、

原口 留吉様です。

数カ月間宜しくお願いします。

 

 田起こしの儀

 

祭典奉仕者

 

コロナの感染も収束の兆しが見えますが、

まだまだ予断出来ない 状況が

しばらくは続くのではないでしょうか。

皆様におかれましてはくれぐれもご自愛ください。

 

会員の皆さん

黒木会長は元気でした…

 

ただ自粛のせいか白髪が増えた感じ

 

 

いいね! 御守り ~⑤~

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その他
執筆 : 
sashi 2020-3-14 17:41

 

今回ご紹介するのは、

 

西諸県郡高原町大字後川内に鎮座されいる

 

霞神社のお守りです。

 

神社由緒

 

霞神社は、古くから農業、畜産、商売繁盛、縁結びなどの神様として旧くから知られております。

御祭神は大己貴命、少彦名命、保食命の三御柱を祀る。 天保十四年刊の「三国名勝図会」によれば「・・・五色の蛇ありて、巌隙に栖む、これを神と崇めて、別に祠廟を設けず、是、霧島六所権現の使神なりといへり、故に六所権現へ参詣する者は、必ず茲に参詣せり、参詣の者、彼蛇を見る時は、神縁を得るとて、殊に歓喜すとかや、祭祀三月十五日、九月十五日、祭式には、白砂を供す、文化十二年、大信公(注:島津重豪)、神事を新修して、神徳院別当とし、郡山邑、花尾大権現社の大宮司に命じて、祭祀を管轄せしむ」と当神社について記載されております。

当神社は神仏混淆の修験道と深く関わりを有し、その名残が「霞権現」の名前や、石碑などにその痕跡をとどめることができます。 神仏混淆の修験道は、七世紀頃に始まっており、その後霧島連山を中心とする一帯にも広がり、霧島六所権現と云われる諸社が形成され、当社もその一郭に修験者の縄張りとして修験者達の行動域に組み入れられたと想像できます。 因みに“霞”とは修験道の用語として“縄張り”を意味すると云われております。 「三国名勝図会」にも記されておる様に、当神社には体長三十センチメートルほどの白蛇が御神殿裏の岩窟の中に棲息し、今日でも神縁を得ようと岩の間隙に目をやる参詣者の姿を多く見掛けます。

 

 

霞神社のお守りには全て白蛇が刺繍されています。

 

また正絹という高級な絹を使っているのが特徴です。

 

上記、お守りの初穂料は、1000円です。

 

これから新緑の季節を迎え、境内からの景観は大変すばらしいです。

 

是非ご参拝の上、ご自身に合うお守りを見つけて下さい。

 

 

 

 

南那珂神青清掃活動

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活動報告
執筆 : 
sashi 2020-3-5 20:29

 

3月3日 

 

南那珂神青会員6名にて

 

日南市北郷町の忠魂碑の清掃を行いました。

 

御祭神

日清・日露・大東亜戦争の戦没者 318柱

 

お祀りされています。

 

大東亜戦争終結70年の際に

 

参拝、清掃活動を行って以来でしたが

 

忠魂碑周辺まで綺麗に清掃されていました。

 

事前に遺族会に清掃の連絡をしたところ

 

木の剪定をやって欲しいとの依頼があり

 

日頃、あまりやらない剪定を行いました。

 

 

うまく出来たかどうかあまり自信はないのですが

 

朝6時半集合にも拘らず6時過ぎには参加者集合しており

 

誠心誠意ご奉仕しました。

 

いいね! 御守り ~④~

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その他
執筆 : 
sashi 2020-2-25 19:18

今回 ご紹介するのは、

 

生目神社の御守りです。

 

本年度をもって卒会予定の日高会員がご奉仕されています。

 

共に活動は、なかなか出来ませんでしたが、

 

めったいにお会いできないタイプの方です。

 

 

神社由緒

 

生目神社は、宮崎市大字生目にある亀井山と称する丘上に東面して鎮座し、「日向の生目様」と呼ばれる古くから眼病に霊験あらたかな神社との信仰を集める。元亀天正の兵火で資料を焼失し詳かではないが「宇佐大鏡」には天喜四年(1056)に建立されてあったと記されている。昔より眼疾に霊験あらたかなりとして崇敬殊に厚く「日向の生目八幡様」として、広く知られ、九州はもとより、北は北海道、本州から直参祈願される参拝者も多い。 その縁起には種々の説があり、何れを真ともなしえないが 一説には景清公、日向下向に際し居を此地に撰び閉居され生を卒えられた。公の没後、公の活けるが如き霊眼を斉き祀ったこと。 一説には当地は古より霊地として眼疾患者を活かすに不思議に著しき霊験があった。 一説には活目入彦五十狭茅尊(いくめいりひこいさちのみこと)(垂仁天皇)を奉斎した社ともいわれ、御子影行天皇熊襲征伐の途、御父君のご命日に偶々之の地にて御霊祭を営まれたのを住民等が歓迎し聖地として永く奉斎し活目八幡宮と称え奉ったとも伝わる。 明治三年に生目神社と改称、同五年郷社に列し、翌六年には県社に昇格した。

 

 

 

「目出しダルマ」 

               

  努力の芽が出る御利益があります。

頭から穴を覗くと藤原景清公の御姿が見えます。

 

 

 

次回は、都城地区か児湯地区からご案内します。

 

 

 

例祭について

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教えて神主さん!
執筆 : 
sashi 2020-2-11 14:50

2月11日は、紀元節の日です。

 

建国の記念の日にあたり、神武天皇の偉業を仰ぎ、

国を愛する心を新たにして、皇室の永遠と国家の発展を祈りましょう。

 

 

さて今回は、例祭についてご紹介いたします。

 

神社の祭祀は、大祭、中祭、小祭に分けられます。大祭のうち、例祭は1年に1度のその神社の最も大切で、かつ盛大なお祭りです。

神社ごとに、特別なご由緒のある日などを例祭日と定めています。

 

鵜戸神宮の例祭は、毎年2月1日に斎行されます。

この日がなぜ例祭なのか、はっきりしたことはわかりませんが、

御祭神のご誕生の日、崩御の日とも言われています。

 

当神宮では、奉祝行事として

1日   第47回四半的弓道大会 約200名

1日夕刻 歌合戦 日南市 中央町地区・風田地区 約100名 

9日   第67回剣法発祥鵜戸山顕彰剣道大会 約3000名

が開催されました。

 

下記に次第を記載しています。

画像を交えご紹介

 

例祭次第

一、宮司一拝

一、開扉  (宮司が本殿の御扉を開きます)

一、献饌  (祭員が神饌を献じます)

一、宮司祝詞奏上

一、献幣の儀  (神社本庁より幣帛を献じます)

一、献幣使祭詞奏上

一、舞楽 蘭陵王奏舞

一、宮司玉串拝礼

一、献幣使玉串拝礼

一、参列者玉串拝礼

一、撤幣の儀  (本庁弊を撤します)

一、撤饌  (祭員が神饌を撤します)

一、宮司一拝

 

手水

列立(右側 祭員 左側 献幣使同随員)

参進

修祓

宮司一拝

開扉

献饌(神饌12台)

宮司祝詞奏上

献幣

 献幣使祭詞奏上

舞楽 蘭陵王(昨年は舞楽 納曽利 毎年交互に舞楽を舞います)

 玉串奉奠

献幣使玉串奉奠

参列者玉串奉奠

参列者 約200名

 退下

 直会(こちらは一般の方のみ 神職直会は別室で行います)

四半的大会(飫肥藩で伝えられてきた独自の弓術)

歌合戦(例祭に俵を奉納していただいた風田地区、中央町地区の皆様)

 

奉納米

 

剣道大会(剣法発祥の地で開催され大正時代から始まった大会)

 

 

南那珂支部清掃活動

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活動報告
執筆 : 
sashi 2020-2-6 21:23

 

なかなか更新出来ず申し訳ないです。

 

年が明けて1カ月過ぎましたが、

 

新年明けまして、おめでとうございます。

 

本年も宮崎県神道青年を宜しくお願いします。

 

さて、1月29日に 南那珂神道青年会で清掃活動をしましたので ご報告いたします。

 

場所は

 

鵜戸神宮

 

吾平山速日の峰(あひらのやまはやひのみね)

 

最高峰は海抜150メートルで千古斧を入れない霊峰と言われています。

 

鵜戸神宮の御祭神 ウガヤフキアエズノミコト 

 

の 御陵と伝えられ、現在宮内庁の御陵墓参考地に指定されています。

 

会員2名遅刻・・・(奥の方は、一般の参拝者 拝の角度が素晴らしい)

 

御陵参拝 1名合流 もう1名は、海岸参道清掃に変更

 

画像では伝わりませんが、急な獣道をひたすら上っていきます

 

丁寧に清掃活動

 

今回は、2年ぶりの鵜戸神宮清掃でした。

 

2月1日が鵜戸神宮の例祭であり、青年会活動に日頃より

 

ご協力を賜っており、少しでもお役に立てればと

 

支部内会員より意見があり今回の活動となりました。

 

次回は、例祭について

 

ご報告しますので、ご期待下さい。

 

 

 

本年もあと少し

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その他
執筆 : 
sashi 2019-12-23 20:57

クリスマスケーキ!!(10年前にこの場所で披露宴されたそうです)

 

 

久方ぶりの掲載です・・・

 

もうあと1週間で お正月ですね

 

今年は例年よりもインフルエンザが猛威を振るっており

 

当会会員も今月の忘年会で5名ほど感染・・・

 

その後の実行委員会、役員会の決議にぎりぎりの人数

 

各個人、対策はしててもこればっかりは防げません

 

皆様の早期の回復を心より願っています。

 

 忘年会後の1枚(インフル感染源はサンタの神様の烏帽子を握ってる方とのこと)

 

 

 

さて お正月と言えば、皆様 神社に参拝されると思いますが、

 

新年のご参拝は、 先ず氏神神社をご参拝され

 

そして県内の崇敬神社(鵜戸神宮)にご参拝ください

 

 

令和2年は、日本書紀編纂1300年の節目の年

 

宮崎県においては、国民文化祭が開催されるなど 多くの行事が予定されています。

 

令和2年も黒木会長(インフル、5人の父)のもと

 

宮崎県神道青年会会員一同、

 

一致団結して 神社界を盛り上げるべく

 

邁進しますので どうか宜しくお願いします。

 

原稿まだですか・・・

 

 

令和元年11月14日~15日にかけて

 

皇居では 大嘗祭が斎行されます

 

全国の神社においても大嘗祭当日祭が斎行されます

 

会員より最近ブログ更新されてないとの指摘が・・・

 

確かに最近は、社務に没頭し本来の業務を疎かにしてました

 

鵜戸神宮のA君に原稿依頼しようやく出来上がりましたの

 

掲載します

 

ちなみに

 

文章はいただいた原稿そのままですので

 

あしからず

 

 

 

平成31年4月12日に、宮崎県神道青年会創立70周年記念事業の一環として、「ひむかいの塔慰霊祭」を奉仕させていただきました。

 

 まず、「ひむかいの塔」とは、大東和戦争最後の決戦場となった沖縄県にあり、宮崎県出身の将校が最も多く戦没された地域の中心にあたる場所で、本県出身者1,848柱の戦没者を慰めるため、百余の県民の真心と浄財をもって建設し、沖縄以外の各戦場で亡くなられた29,389柱の戦没者も合わせて祀っているとのことです。

 

 4月11日慰霊祭前日 私たちは、宮崎県神道青年会を代表して行くということで、宮崎神青ネクタイ(オレンジ)で統一し、心を整えて、沖縄に向かいました。

 

オレンジのネクタイじゃない方いますが・・・

 

いざ那覇空港に着くと、天気が安定している様子に安堵し、また、空港が宮崎ブーゲンビリア空港よりずいぶんと大きく、そして立派で、大東和戦争終戦からの年月の長さを感じさせてくれました。

 

私たちは、沖縄県護国神社にお参りし、その後、波上宮参拝、沖縄県神社庁に行き、前日習礼を「ひむかいの塔」にて行い、翌日の慰霊祭に備えました。

 

 

 

夜は、沖縄県神社庁の方をはじめ、沖縄県の神職の方々と懇親会を行うこととなりました。当日、急ごしらえの懇親会会場となってしまった沖縄料理の店でしたが、「豆腐よう」「島唄三味線」など沖縄独特の雰囲気を楽しめる店で、大いに話し、たらふく泡盛を呑み、すっかり酔っぱらってしまいました。

 

現在の沖縄を堪能することができました。

4月12日「ひむかいの塔慰霊祭」当日 白衣白袴でホテルロビーに集合し、いざ慰霊祭に向かいました。

 

慰霊祭は国旗・県旗掲揚から降納まで、集中力を切らさずに、斎行しました。

装束を脱ぐときには、日差しもありましたが、斎主をはじめ、全員汗が顔をしたたり落ち、表情には達成感があった様に思います。

 

「おわりに」 前日習礼、はもちろん、ずっと前より段取りを考えてくれていた会長はじめ、金丸会員等のお陰で、滞りなく慰霊祭を斎行することが出来ました。ありがとうございました。

 

また、今回の慰霊祭で完結ではなく、南那珂支部で続けている慰霊碑の清掃等を継続して行い、戦争で日本の国のために戦ってくれた先人の方々を、忘れる事無く日々の生活を送っていけるようにしたいです。