宮崎神青ブログ - 最新エントリー

弥栄!

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会員近況
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office 2016-6-6 16:06

家族になろうよ♪ 作詞・作曲 福山雅治


百年たっても好きでいてね

 

みんなの前で困らせたり

 

それでも隣で笑ってくれて

 

選んでくれてありがとう

 

どれほど深く信じあっても

 

わからないこともあるでしょう

 

その孤独と寄り添い生きることが

 

愛するということかもしれないから

 

いつかお父さんみたいに大きな背中で

 

いつかお母さんみたいに静かな優しさで

 

どんなことも超えていける

 

家族になろうよ

 

いつかあなたの笑顔によく似た男の子と

 

いつかわたしと同じ泣き虫な女の子と

 

どんなことも超えていける

 

家族になろうよ

 

あなたとなら生きていける

 

幸せになろうよ

 

去る6月5日、当会会員の宮崎市青島神社の塩満太佑くんが目出度く結婚されました。

 

おふたりの末永いお幸せと、ご両家益々のご繁栄を心よりご祈念申し上げます。

 

弥栄!

どれくらい

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その他
執筆 : 
office 2016-5-21 12:52

平成7年1月17日、5時46分52秒。

 

何のことかお分かりでしょうか?

 

阪神・淡路大震災発生時刻です。

 

熊本地震と同じく多数の神社も倒壊し、全国の青年神職が復興支援活動へ

足を運んだそうです。

 

神青会報第43号 平成7年3月31日発行より

此の度の阪神大震災の甚大なる被害を鑑み被災神社の要請に基づいて、三月七・八日の両日神道青年全国協議会の支援活動が実施されました。

 


本会より戸高俊一副会長・黒木将浩常任委員・河野公俊会員・河野博文会員・伊東健治事務局長と宮田義和元会長にも参加頂き計六名で三月六日被災地へ向かいました。
本会は、長崎・佐賀・鹿児島・静岡と一緒に約五十名の会員で尼崎市の須佐男神社を担当しました。三月七日午前五時起床、六時半に現地集合しました。尼崎市街地の町並みは、メディアで流されていた被災地のイメージと違い、屋根にビニールシートがちらほら見えるくらいでした。

 

その様な町並みを眺め乍ら現地に到着してみると、本殿・拝殿は写真の様に屋根の部分のみ残し潰れていました。

 

 

我々の二日間の作業は、工作機械で取り崩す前に五頭天王の絵馬(江戸時代の作品)と棟札を取除く作業から始まり、土台の石の取り崩し並びに境内の整備をしました。

 

讀賣新聞 平成七年三月七日夕刊より

神職500人が倒壊神社撤去 神戸など16か所
全国の青年神職約五百人が七日、神戸、西宮、尼崎市などの神社十六ヶ所で、震災で倒壊した本殿や拝殿の撤去作業を始めた。
がれきの中に御神体などが埋まっている所もあり、自分たちで確かめながら処理しようと計画。神霊はあらかじめ仮座に移した。
境内のほとんどの建物が倒壊した尼崎市武庫元町の西武庫須佐男神社では、午前六時半から、九州や東海地方から駆けつけた四十三人が、重機や大型トラックで片づけた。

 

まるで熊本地震と同じ写真を見ているような気がしました。

先輩の話によると、重機は共に作業を行った静岡県の方々がトラックに積んできて、

重機は宮田先輩が扱い、また昼食時には、大変な時期にも拘わらず地元の方が

おにぎりやバナナ、飲料を差し入れしてくださったようです。

 

全国には3,500余名の青年神職がいます。

もちろん勢揃いなどということはあり得ず、親しくしている人でも会うのは年に数回。

お会いしたことない方が圧倒的に多いのが事実であります。

しかしながら、阪神・淡路大地震復興支援活動に集った会員は500人。

 

ふとANA機内誌の吉田修一さんの文を思い出す。

人とのつながりというのは、

どれくらい会ったかではなく、

どれくらい会いたいと思ったか、

なのだと。

 

なるほど。

今ある青年神職の絆も、こうやって受け継がれてきたのだと感じる今日この頃です・・・ 

益城郷の守護神

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活動報告
執筆 : 
office 2016-5-14 18:14

あの日から1ヶ月。

 

去る5月12、13日、熊本地震復興支援活動の為、熊本県益城町の木山神宮へ

行ってまいりました。

 

作業前には黙祷を捧げ、修祓式を執り行い、

 

玉串を奉りて拝礼を行いました。

 

作業は2日間に亘って、倒壊した拝殿や楼門の解体を行いました。

 

1ヶ月前から止まっていたかのような境内の時間も、ようやく動き始めたように感じました。

 

木山神宮禰宜さんも、ようやく復興への光が見えたと仰っていました。

 

神青協役員、九州各県から、延べ約140名での作業となりました。

 

神青協長友会長の言葉にあったように、「微力ではあるが無力ではない」

御社殿等の倒壊など被害のあった神社は、相当数にのぼると聞いています。

皆で手を取り合って、復興への道を共に歩んでいかなければならないと思います。

 

作業中、地震前と変わっていないものにふと気付きました。

 

それは鎮守の森。

 

今回の地震で目の当たりにした自然の恐ろしさ。

しかしながら、我関せずといわんばかりに営みを続ける自然のたくましさとともに、

その美しさに清々しさを感じました。

 

地域住民の心の拠り所であるこの森に、以前のような穏やかな日が一日も早く訪れますことを

心からお祈り申し上げます。

神青協定例総会

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活動報告
執筆 : 
office 2016-4-30 16:24

去る4月26日、

 

雨の中、大好きな飛行機に乗って向かったのは・・・

 

晴れの東京!

 

第68回神道青年全国協議会第68回定例総会へ出席致しました。

 

開会式の後に行われた定例表彰式にて、

当会ホームページが優秀広報賞に選ばれました。

残念ながら”最優秀”とはなりませんでしたが、大変名誉な賞をいただきました。

今後大きな課題となるであろう次世代への引継ぎを考慮しながら、賞に恥じぬよう

更なる充実を図りたく存じます。

 

定例表彰の後は総会。

予定されていた全ての議案は滞りなく承認されました。

 

平成二十八年度定例総会決議

我々青年神職は第六十八回定例総会に当たり、万世一系百二十五代に亘る

皇室の尊厳護持活動はもとより、第一代神武天皇御創業の古に想いを馳せ、

爾来我が国に連綿として受け継がれてきた八紘為宇の大御心を広く教化し、

長年の宿願である自主憲法制定の機運醸成の為に、若き情熱を結集して、

平成の大御代の国造りに邁進することを期する。

 右、決議する。

   平成二十八年四月二十六日

                      神道青年全国協議会第六十八回定例総会

 

総会終了後は、

先の熊本地震においての、被災地状況報告が行われました。

 

熊本県神道青年会、大分県神道青年会が状況を報告されました。

言うまでもなく全会員が一丸となって、被災神社支援に対応することとなりました。

 

さらに場所を変えて、

神青協役員と九州協理事にて、今後の支援活動に対する協議がなされました。

会議の中で、阪神大震災、東日本大震災発生時の対応や課題が例としてあげられ

その言葉は、今後の活動においての大きな参考となりました。

 

全日程終了後に、九州地区のメンバーで酒を酌み交わしました。

中締めの挨拶をお願いしたのは熊本県の方でしたが、途中で涙を見せられました。

先程まで普段通りに話をされていたのですが、現在の状況が如何に大変なものかを

感じました。

如何に心を寄せても、こればかりは経験した本人にしか分からないものです。

 

良いも悪いも様々な情報が溢れていますが、大切なものは現地の声。

その声にしっかりと耳を傾け、微力ではありますが復興に向けて支援を続けて

参りたく存じます。

共に苦しみましょう

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活動報告
執筆 : 
office 2016-4-24 7:56

去る4月20日、午後3時30分

 

宮崎神宮と護国神社へ

 

正式参拝の後、

 

午後4時30分より当会第67回定例総会を開催致しました。

 

開会に先立ち、今回の熊本地震にてお亡くなりになられた方々と、1月26日にご逝去された

野迫前会長をお悔やみ申し上げ黙祷を捧げました。

 

今回は約30名参加のもと、滞りなく全ての議事が承認されました。

 

本年度新入会員。

自分が歳を重ねたことをしみじみと実感いたしました・・・

 

会長挨拶

本日は当会第六十七回定例総会のご案内を致しましたところ、ご参加いただき誠にありがとうございます。
 

また、宮崎県神社庁庁長、鵜戸神宮宮司、当会第十代会長、本部雅裕様、同じく副庁長、今山八幡宮宮司、当会第十六代会長伊藤俊郁様には、ご多忙の中にも拘わりませずご列席を賜り誠にありがとうございます。
 

さて、ご承知のとおり野迫武士前会長が去る一月末に帰幽されました。本来であれば、本日で卒会、まだまだこれからやりたい事も多くあったでしょう、まだまだご指導を賜りたかったのですが、非常に残念で仕方ありません。これからは幽世から見守っていただけることと思います。謹んでお悔やみを申し上げるばかりでございます。
 

また去る四月十四日、熊本県益城町を震源として熊本地震は発生し、今なお余震が続いております。阿蘇神社をはじめ多数の神社においても、ご社殿、灯籠等の倒壊が相次いで報告されています。そんな中熊本大神宮では、月次祭が、社殿ではなく境内において、毎月通り四月十七日に斎行されたようです。
 

ここで、大東亜戦争終結当日の宮崎神宮日誌に書かれていたことを、ご紹介致したいと思います。日誌には次の様に書かれています。宮司は県より終戦の事実を知らされると全職員を集め「自分らが神職であることを自覚せよ、また、今後どのようにして大神さまの御心に添い奉るかを各々充分に考へてその結論を報告せよ」。私は最初にこの日誌を目にした時、恥ずかしながら、その結論に辿りつくことはできませんでした。しかしながら、昨年の大東亜戦争終結七十年事業や今回の熊本地震を通して、その結論は、やはり祭ではないかと考えるようになりました。
 

私の好きなテレビ番組に、毎週NHKで放送されている「プロフェッショナル~仕事の流儀」というものがあります。仕事で悩んでいる時に見ると、非常にやる気が湧いてくる番組です。大変オススメですので、是非ご覧いただければと思います。その番組では様々な仕事の方が登場され、その思い、そしてどのような職業に対しても高いプロ意識を感じることができます。
 

我々も、言わばプロ、プロの神職であります。つまりこの宮崎県神道青年会はプロの集団なのです。各々が組織の常識に染まった「良き組織人」になるのではなく、とがっていてもいい、自分の個性をなくさないでいただきたく存じます。個性を失った集団からは、新しいものは生まれません。全会員が遠慮せず本音をぶつけ合い、納得いくまで話しあい、様々なことに挑戦していきたく存じます。
 

私の大好きなサッカー選手、四十九歳を迎えた今もなお、現役でプレーを続けるキング・カズこと三浦知良選手の言葉があります。
 

「苦しまなければ、喜びはない」
 

共に苦しんでまいりましょう。

 

本年度もどうぞ宜しくお願い致します。

 

 

お決まりの

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会員近況
執筆 : 
office 2016-4-11 10:21

過去のブログを見ると、毎年この季節には恒例のブログが掲載されます。

 

安藤親子の宮崎神宮神事流鏑馬奉仕の写真です。

 

父(広瀬神社宮司)

 

息子(鵜戸神宮権禰宜)

 

親父は中々息子を認めてくれないかもしれませんが、今年は息子さんの方が、

的中率が良かったような・・・

 

父の背中を追って精進し、来年も是非お揃いで奉仕されてください。

 

ちなみに、昨年に結婚された息子さん。(ブログはこちら

二世が誕生されたら、是非とも流鏑馬をご一緒に奉仕していただきたいものです。

 

史上初であろう三世代同時の奉仕もあり得るかも!?

 

さすがにそれはキビシイかな・・・(笑)

日本のはじまりへ。

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活動報告
執筆 : 
office 2016-3-31 13:00

去る3月7日、

初めてピーチの飛行機に搭乗し、

 

大阪を経由し、

 

奈良県の

 

橿原神宮へ行って参りました。(橿原神宮についてはこちら

 

本年は神武天皇様が橿原宮で御崩御されてより、二千六百年の節目にあたります。

その記念事業の一つとして、御創建にあたり明治天皇様より御下賜された京都御所の

内待所であった国の重要文化財である御本殿の御屋根葺替え工事をされたそうです。

 

工事中、神様はどうされてるの?なんて思いません??

 

工事中は仮の御殿にお遷りなさるのです。

この際のお祭りが、仮殿遷座祭(かりでんせんざさい)。

 

そして工事終了後、本殿に再びお遷りなさるのです。

この際のお祭りが、本殿遷座祭(ほんでんせんざさい)。

このお祭りの斎行にあたっての出向となりました。

 

しかも今回は参列のみではなく、 

恐れ多くも、午後7時からの遷座の儀にご奉仕させていただきました。

 

当会の他にも奈良県神道青年会、大阪府神道青年会の方々が来られていました。

今回の奉仕は、神武天皇様ゆかりの奈良県、宮崎県の両神道青年会の間で締結された

姉妹神青がきっかけでありました。(姉妹神青についてはこちら

橿原神宮様の格別なるお取り計らいをいただき、恐らくは一生に一度の、大変貴重な

ご奉仕をさせていただきました。

宮司様をはじめ、職員の方々に衷心より厚く御礼申し上げます。

 

浄闇のなかでの「本殿遷座祭遷座の儀」、

また、翌日の天皇陛下より御幣帛を大前に奠じての「本殿遷座祭奉幣の儀」が

恙なく斎行されましたこと、心からお慶び申し上げます。

 

また御崩御の日にあたる4月3日には、神武天皇二千六百年大祭が斎行されるようです。

祭典の御盛儀を祝し、謹んで大前を拝み奉ります。

 

このお祭りは、御祭神を同じくする当県の宮崎神宮においても斎行されます。

午後からは流鏑馬も斎行されるそうです。

 

宮崎神宮はもとより、県内には神武天皇ゆかりの神社が多数鎮座されています。

(詳細はこちら

当日は、我が国建国の祖神様であります神武天皇様をお偲びし、現在の我々があることに

感謝の気持ちを持って、是非お参りいただければ幸甚に存じます。

祈りよ届け

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活動報告
執筆 : 
office 2016-3-12 20:39

昨日3月11日で、東日本大震災より5年の月日が流れました。

 

当会では、各地区に時間と場所を一任して、御霊をお慰めすると共に復興の祈りを捧げました。

 

宮崎市の会員は、午後7時より江田神社において斎行致しました。

 

大祓詞奏上 宮崎市は11名の参加でした。

 

また、福島県神道青年会様が平成27年に発行された冊子を拝見させていただきました。

 

福島県神道青年会様には、去る平成26年夏に宮崎県へお越しいただいております。

(様子はこちら

 

冊子の中の「会員の四年間」という頁には、宮崎へお越しになられた会員さんも寄稿されており

じっくりと読ませていただきました。 

あの時の笑顔の裏には、想像もつかない思いがあったことを実感致しました。

 

福島の子供達からいただいた、当時の絵日記も読み返しました。

 

 

 

 

あれから1年8ヶ月・・・

 

詞心ちゃん、結ちゃん、拓巳くん、天くん、心ちゃん、英梨香ちゃん、陽菜ちゃん、純樹くん、蒼平くん、

 

元気にしていますか?

 

なかなか、福島に行ってお手伝いすることができなくてごめんなさい。

 

おじちゃん達は、みんなのふるさとが一日も早くもとの姿に戻ることを遠くから祈っています。

日女

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その他
執筆 : 
office 2016-3-11 14:34

神社界には様々な組織が存在しますが、その中において女性のみにて構成される団体が

あることはご存知でしょうか?

 

その名も、と言いますかそのままですが、その名は「女子神職会」

神社の宮司に嫁いだ方、宮司の娘さんなど立場はそれぞれであります。

 

そんな女子神職会の祭式研修会が、去る3月9日~10日にかけて開催されました。

 

宮崎県が当番県となり、九州各地より約20名が受講されたようです。

 

祭式(さいしき)とは、つまり神社の祭典における作法のことです。

基本的な作法は男子とほぼ同じなのですが、場合によっては異なる点もあります。

 

当会会長宛に3月8日の開講式、懇親会にもご案内をいただいておりましたが、

あいにく出張中でしたので、3月9日の閉講式のみ参加をさせていただきました。

 

閉講式の雰囲気は、男だらけの会とは違って、非常に和やかな感じを受けました。

 

その中で当番県に対する感謝の言葉があり、その言葉を受けて、宮崎県の事務局さんが

涙ぐむ場面を目にしました。

比較的自由に動ける男子とは違い、神社はもとより家庭のことなど限られた時間の中での

準備であったことと思われます。

女子ならではの口調での温かい言葉に、ふと緊張の糸が解け、滞りなくやり終えたことへの

充実感があふれでてのことと思いました。

 

神職のほとんどは男子ですが、男子にはない細やかな気遣いなどは、どの世界においても

そうでしょうが、神社界にも欠かせない存在であることは言うまでのありません。

 

女子神職会の益々の発展と、皆様の氏神さまにおいてのご活躍を心からご祈念申し上げます。

 

二日間、誠にお疲れ様でした。

 

 

女子神職の歌
作詞 出雲井 晶
作曲 松田 敏江

一、悠久の 天地の理を いしずえに
据えて生れたる 日の本の
神に仕うる われは日女なり

二、天照 みおやの神の み光に
つつまれ生きる おほけなき
わが身の幸を 皆よろこばむ

三、古え由 いかなる闇の 世なりとも
光かかげて 祈りたり
まことの心 母ごころもて

四、澄み透る ゆたかな心 目見あげて
み親の教え ひとすじに
伝えてゆかむ 神います国

五、国と国 すべてを結び 和らげむ
さやけきつとめ 果たさばや
われら神つかさ 日女いざいざ

自覚せよ

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活動報告
執筆 : 
office 2016-3-6 20:07

去る3月2日、大東亜戦争終結七十年事業として、県内の護国神社、慰霊碑を巡拝致しました。

 

趣旨

平成二十七年は大東亜戦争終結七十年の節目にあたり、全国において英霊顕彰事業が執り行われた。当会においても、県内護国神社並びに戦没者忠霊塔慰霊碑に、会員各々が現地に足を運び調査活動を行い、一冊の本にして発刊すべく準備を進めている。
この調査により、我々が住む地域からも家族と故郷を護るために戦地へ赴き、散華した御霊が数多おられることを改めて認識することとなった。また健在の遺族より、今なお忘れられない当時の記憶を聞くことができたのは、非常に貴重な経験となった。
しかしながら、終戦より七十年もの長き年月が流れた現在においては、遺族は減少し、戦争を知らない世代が大半を占め、御霊への慰霊と顕彰の念を継承することが困難になっている。今回の調査で地区慰霊祭の減少、中断、慰霊碑統合等の現状も垣間見ることができたのも事実である。
もとより神職の本分は祈りである。地区会員が一同に集い、巡拝を行うことで神職として祈ることの意義を再認識していただきたい。そしてさらには、遺族をはじめ地域住民の英霊に対する永遠の祈りに繋がることを願い、本事業を開催する。

 

当日は全員揃っての巡拝は難しいものがありますので、各地区において地区会員で

地区の慰霊碑等を巡拝していただきました。

 

県北地区 10ヶ所

 

児湯地区 10ヶ所

 

宮崎地区 25ヶ所

 

都城地区 18ヶ所

 

南那珂地区 18ヶ所

 

県内全慰霊碑とはいきませんでしたが、合計で81ヶ所をお参りさせていただきました。

日程は各地区に一任。早い地区は午前7時からの巡拝となったようです。

 

宮崎地区の昼食は、全員日の丸弁当。当然おかず無し!

 

普段は一口で食べてしまう梅干しも、この日ばかりはちびりちびりといただきました。

おそらく戦時中のお米は、今ほど美味しくなかったはず。

むしろ、お米すら食することが少なかったと思われます。

冷たいお米を噛みしめながら、改めて考えさせられる昼食となりました。

 

そして各地区巡拝を終え、午後6時に宮崎県護国神社に集合。

皆で御霊安かれと祈りを捧げました。

 

とある慰霊碑前の広場でサッカーをしている高校生に出会いました。

高校生達は、白衣で歩く私たちを見て「邪魔にならないですか?」と気遣ってくれました。

「大丈夫ですよ~」と言いながら、祈りを終えると、帰り際に高校生達が

「何の職業ですか?」と聞いてきました。

「どっからどう見ても神主やろ~!」と答えると、

「ふ~ん、そういう事をするのが仕事なんですね~」と不思議そうにしていました。

 

確かに仕事だ。

端から見れば、神主とは普段何をしているのか分かりづらい職業であります。

本事業の趣旨にもあるように、我々神職の本分は祈ることなのです。

 

戦時中においても神社の祭は執り行われていました。

空襲等の影響で予定されていた時間とは変わっても、欠かさず祭は行われており

言わば命がけで祈っていたのであります。

 

終戦当日のこんな話を聞いたことがあります。

宮司は県より終戦の事実を知らされると全職員を集め

「自分らが神職であることを自覚せよ、また、今後どのようにして大神さまの御心に

添い奉るかを各々充分に考へてその結論を報告せよ」

との話であります。

当時の神職がどのような答えを出したかは分かりませんが、この質問に答えることができる

青年神職が果たしてどれほどいるのであろうか・・・

 

これまでの、さらにはこれから先の奉仕を通して、その答えを見つけ出していただければと

思います。