宮崎神青ブログ - 20220211のエントリ

知っちょる?宮崎の祭⑫

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執筆 : 
sashi 2022-2-11 18:32

〇日向の弥五郎人形行事〇

 

田ノ上八幡神社例大祭御神幸祭に、竹籠を編んだ一丈半以上の巨人人形(弥五郎様)を、四輪車子どもたちが先導役として曳く。現在では約八メートルの弥五郎様本体は、例祭時には社殿前に飾り、股の下を歳の数ほど潜ると無病息災の御神徳があると伝わっています。

 

由来:『日向地誌』によると、大隅国桑原郡に稲積弥五郎というものがおり、その地の一宮八幡の御神体を背負い来て、楠原八幡原に祀ったといいます。 大和朝廷が制定した「養老律令」は、隼人(弥五郎)にとっては、中央から派遣された官僚に支配されることは 大変な屈辱でした。養老四年二月二十九日大隈、日向の隼人らは初代大隈国守を殺害、反乱を起こしたが、政府軍の前に戦死、捕虜となった。養老七年宇佐の集団は隼人の首を持ち帰り、松隈に埋めたといいます。その後、宇佐地方では作物の不作、疫病が流行し、これは「隼人の乱でたくさんの反乱軍を殺した報いだ」として、隼人族の怨霊を恐れた大和朝廷は全国で放生会を行わせました。 放生会の名残の一つが、南九州の八幡神社で行われている弥五郎祭事であり、南九州の隼人が、独自に創出した思いを託す巨大人形であると伝えられています。

 

時期:毎年十一月第二日曜日

 

神社:田ノ上八幡神社 (日南市飫肥鎮座)

 

写真②

 

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知っちょる?宮崎の祭⑪

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その他
執筆 : 
sashi 2022-2-11 18:27

 

 

〇福種子下ろし(ふくだねおろし)〇

 

『日向国風土記逸文』にて瓊瓊杵尊が「籾を四方に投げ散らす」神事になぞらえ、紀元節を寿ぎ、五穀の豊穣と地域の安寧を祈る祭りです。

 

由来:福種子下ろし(ふくだねおろし)の神事は、『日本書紀』 巻第二所謂「斎庭の穂の神勅」にて皇孫瓊々杵尊に稲穂が授けられた神事、そして『日向国風土記逸文』の瓊々杵尊が四方へ籾投げ散らした神事が由来とされています。 四方に蒔く神事の所作は『日向国風土記逸文』にて瓊瓊杵尊が「皇孫尊、尊き御手以て 稲千穂を抜きて籾とし、四方に投げ散したまはば・・・」と、籾を四方に投げ大御神の御光を四方に照らした神事が伺え、この故事が由来と考えられています。 福種下しの神事では籾を投げる際に「種蒔之記」という福種の由来を説く歌を奏して種子を蒔きます。この歌に霧島信仰を伺う記述があり、稲穂を携え高千穂の峰を登拝した山岳信仰の影響が南那珂地域に流れ、潮嶽神社のみならず、日南市東郷地区に鎮座する大宮神社にも種蒔き神事が斎行され、南那珂地区で伝承されていた神事ではないかと考えられます。 投げられた「籾」は神の神意が宿り、農業をする人は稲の苗代にして田の豊作を祈念し、漁師においては船霊の神に捧げ、海上安全・大漁満足祈願に、また一般家庭では家内安全・子孫繁栄の象徴とされます。 信心の厚い氏子・崇敬者によって競い合うように拾われるこの神事は、賑やかに執り行われ、当日は集落の住民がこぞって神社に集う、まさに地域の風物詩となっています。

 

時期:二月十一日

 

神社:潮嶽神社(うしおだけじんじゃ) (日南市北郷町鎮座)

 

写真②

 

写真③