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活動の歴史

ひむかいの塔慰霊祭

ひむかいの塔は、沖縄県での本県出身戦没者1,848柱の御霊をお慰めするため、県民の真心と浄財を以て建立された。昭和40年8月24日に宮崎県護国神社に於いて入魂式を斎行し、同年10月16日に沖縄県に於いて竣工除幕式を執り行った。建立日は同年11月18日となっており、現在でもこの日に「ひむかいの塔追悼式」が斎行されている。更に終戦25周年の昭和45年に塔域を改修整備し、沖縄戦以外の本県出身戦没者29,389柱の御英霊も合祀し、計31,237柱の御霊をお祀りするようになった。

当会が神道青年会として初めて奉仕したのがこの年、昭和45年である。9月7日に天岩戸神社で開催された役員会に於いて当会の祭典奉仕を決定している。奉仕者は佐藤宣久会長(第四代)をはじめ、甲斐直、中原捷博、丸山亘、岩切重信、長友隆二、横山昇、富永久男ら8名であった。同年11月16日より20日まで訪沖し、復帰前でもありパスポートなどの渡航手続きや船旅での注意事項などの資料が宮崎県護国神社に残っている。この年より毎年、宮崎県護国神社より祭典奉仕の依頼があり、祭典奉仕者は宮崎県護国神社と宮崎神宮の神職、そして当会会員1名で構成されていた。(平成11年まで)

神式で初の慰霊祭

「神式で初の慰霊祭」と琉球新報に報じられたのは昭和37年11月15日であった。
ひむかいの塔慰霊祭に神道青年会が奉仕したのは前述の通り昭和45年からであるが、当会創立三十周年誌の第三代会長清水惟重先輩の回顧に神道青年による沖縄現地慰霊祭の記事があった。
当会創立三十周年誌によれば、昭和35年5月開催の神道青年全国協議会(神道青年協議会全国大会又は会長会と記載されている)の定例総会に於いて、当時の長友安美会長と清水惟重副会長が出席し、沖縄での慰霊祭を神社界が先がけて執行するよう提案した。沖縄は占領下であり、神青協では無理だ、神社本庁主催で行うべきとの意見が強かったが、清水副会長の熱心な説明により全会一致で承認され、実行は執行部一任となった。翌年熊本県における九州地区大会にて次期当番県が鹿児島県となるので、沖縄と密接な関係でもあることから神青協を代表して、沖縄現地慰霊祭を九州地区神道青年会で行うことが決まった。
「神社新報第七五六号」(昭和37年3月24日)より
『九州神青協の沖縄慰問行』
九州地区神道青年協議会の七県代表一行十二名による沖縄戦跡巡拝慰霊団は、去る十一日午前八時鹿児島県神社庁に集結、照国神社で奉告祭を執行後午前十一時足立照国神社宮司、小久保鹿児島神宮宮司、野村鹿児島県護国神社宮司らの見送りを受けて沖縄丸に乗船、鹿児島港を出航した。一路沖縄に向けて航行の途次当日午後十時に悪石島の沖で船上慰霊祭を行った。
ここでは昭和十九年八月二十二日、対馬丸で米船艦魚雷攻撃のため殉難した沖縄疎開児童千四百柱を始め、鹿児島沖や沖縄沖の海空戦で散華した将兵や同胞の霊に大祓詞を奏上、慰霊詞と共に船笛を鳴らし、奏楽裡に花束、神饌、千羽鶴などを投じて慰霊のまことを捧げた。船上慰霊祭は夜中にも拘わらず沖縄丸船長をはじめ、たまたま渡航中の福岡青年団協議会の交換使節団、船客など多数が自発的に参加した。
三月十三日
一行は三月十三日午後一時、上原波上宮宮司、沖縄護国神社奉賛会仲田事務局長らの出迎えを受けて入港、宿舎の浮島ホテルに入り関係方面に協力方を求めた。
三月十四日
波上宮、沖縄護国神社に参拝後琉球政府、同立法院、上訴裁判所などを訪問した。
三月十五日
午後二時から沖縄護国神社前に於いて大東亜戦争戦没者慰霊祭を盛大、厳粛に執り行った。前夜より南洋のスコールを偲ばせる激しい風雨が朝まで続いたが、祭典開始一時間前にはカラリと上がった日本晴。十二名の神職が奉仕する大祭典は沖縄で戦前戦後を通じてはじめてのこととて、祭場には行政首席、立法院議長、上訴裁判所首席判事、南方連絡事務所長、遺族連合会会長をはじめ来賓、遺族代表など百余名が参列した。修祓、献饌、祝詞奏上についで、神社本庁統理の祭詞(代読)、沖縄遺族連合会山城会長の祭文が奏上された後、馬場筥崎宮禰宜の慰霊講話があり、遺族の涙をさそった。このあと授与品を参列社と遺族に頒ち、団員の資金カンパで調達した日の丸の国旗千四百本の贈呈式を行って慰霊祭を終了、社務所で団員と遺族の座談会をひらき相互の協力提携を誓いあった。
三月十六日
午前九時から戦跡を巡拝した。海軍慰霊塔、玉部体の勇士を祀る和魂の塔、芳塊の塔、雨宮中将の碑、県立第一高女の特志看護婦を祀るひめゆりの塔、米軍司令官バックナー中将戦死の碑、また栄里の塔、魂魄の塔、師範健児の塔、南溟の塔、島田沖縄県知事ら殉難職員を祀る島守の塔、牛島司令官、長参謀長を祀る黎明の塔、南風原陸軍病院の碑等を巡拝、特に波上神宮の前宮司安原豊次命、前禰宜多田隆命が合祀されている島守の塔前では懇ろな追悼祭を行った。この後一行は沖縄短期大学と琉球大学に神道図書を寄贈し、沖縄教職員の会を訪れて日の丸の国旗や日本の子らから沖縄の子らに寄せた絵本や図画、作文などの配布方を委託した。
三月十七日
午前八時半から一中二中三中健児の塔、県立第一高女の特志看護婦を祀る白梅の塔、学童をまつる小桜の塔、中央納骨所万華の塔、工業健児塔、平和の塔、平和慰霊像などの各塔を巡拝した後、沖縄県遺族連合会館に遺児百余名を集めて、石井寿夫氏の講演を行い、深い感銘を与えた。
三月十八日
午前十一時沖縄遺族連合会金城和信事務局長らの見送りを受けて那覇丸に乗船し帰国の途についた。

今後について

大東亜戦争終結後、我が国は、先人達のたゆまぬ努力により平和と繁栄が築き上げられ、世界に名だたる経済大国へと発展を遂げました。しかしながらその一方で、愛国心、さらには我が国の永遠を祈り、毅然と国難に立ち上がり戦場に散華した英霊に対する意識が希薄化しているように思えます。多くの尊い犠牲の上に今の日本がある事を決して忘れることなく、中今を生きる我々は、一致協力して英霊の顕彰努め、国民が等しく英霊に対して感謝の意を持って誠の心を捧げられんことを切に願い諸活動に努めて参りたく存じます。

ひむかいの塔年表

活動年月日奉仕者名備考
昭和37年11月15日清水惟重会長(宮崎神宮)九州地区協議会主催で戦後初の神式慰霊祭斎行
  40年 8月24日入魂式 於宮崎県護国神社
  40年10月16日竣工除幕式 於ひむかいの塔
  40年11月18日建立
  45年 9月 2日佐藤宣久会長 ・中原捷博副会長が協議 於宮崎神宮
  45年 9月 7日役員会にて奉仕を決定 於天岩戸神社
  45年11月16日~20日佐藤宣久(天岩戸神社)
甲斐直(児原稲荷神社)
中原捷博(宮崎天満宮)
丸山 亘(霞神社)
岩切重信(今山八幡宮)
長友隆二(青島神社)
横山 昇(宮崎神宮)
富永久男(宮崎県護国神社)
  46年11月16日~20日岩切宗治(霧島神社)
  47年11月16日~21日甲斐靖(児原稲荷神社)
前田壮一郎(宮崎神宮)
  47年神青協波照間の碑建立に付き、礎石20個・協賛金2万2千円委託
  48年11月15日~21日香取辰夫(鵜戸神宮)
稲丸利弘(宮崎神宮)
  49年11月16日~20日前田文瑞(神柱宮)
宇都宮正和(宮崎神宮)
  51年 2月 3日~ 7日
  51年11月 1日~ 5日本部雅裕(鵜戸神宮)
濱砂孝行(宮崎神宮)
菅原喜一(宮崎県護国神社)
海上追悼式
  52年11月16日~20日黒木忠仁(鵜戸神宮)海上追悼式
  53年11月15日~19日橋口清文(宮崎県護国神社)海上慰霊祭
  54年11月18日稲丸利弘(東霧島神社)
  55年11月17日~20日甲斐恒男(今山八幡宮)
横山 昇(宮崎神宮)
井上正俊(宮崎県護国神社)
  56年11月17日~19日佐藤重昭(天岩戸神社)
  57年 6月17日長友隆二以下参拝北方領土早期返還沖縄キャンペーン時  榊植樹
  57年 6月19日日高久光 佐師正起 那須隆盛神青協沖縄県祖国復帰十周年慰霊祭
  57年11月17日~19日尾方一郞(鵜戸神宮)
  58年11月17日~19日松浦秀利(神社庁)
原賢一郎(宮崎神宮)
  59年11月17日~19日安藤定彦(駒宮神社)
  60年11月17日~19日佐藤延生(天岩戸神社)
  61年11月26日~28日宮田義和(田野天建神社)
  62年 8月23日本部雅裕 永友宗範
丸山祐一郎 津曲兼孝
国旗柱・県旗柱竣工祭
  62年11月18日~20日長友昌彦(恒久神社)
  63年11月17日~19日石川聖規(幸福神社)
平成 元年11月17日~19日池田 稔(都農神社)
杉田秀徳(宮崎神宮)
井上正俊(宮崎県護国神社)
川村康夫(宮崎県護国神社)
  2年 3月13日~16日宮田義和(田野天建神社)神青協「聖寿奉祝の碑」修復並び奉告祭
     11月17日~19日松田治生(郷原神社)
  3年11月17日~19日黒木修二(都農神社)
横山 昇(宮崎神宮)
濱砂孝行(宮崎神宮)
村山圭司(宮崎県護国神社)
  4年 6月10日~12日永友宗範 戸高俊一
原賢一郎 川越篤 永友丈晴
沖縄本土復帰二十周年記念慰霊祭
    11月17日~19日永友謙二(鵜戸神宮)
根井忠耐(宮崎神宮)
川村康夫(宮崎県護国神社)
日高 忠(宮崎県護国神社)
  5年11月17日~19日緒方啓文(宮崎八幡宮)
前田壮一郎(宮崎神宮)
村山圭司(宮崎県護国神社)
小田玄洋(宮崎県護国神社)
  6年 5月17日~19日原賢一郎 黒木将浩沖縄県南方全戦没者慰霊祭 終戦五十年慰霊祭
    11月17日~19日柳田茂也(青島神社)
須田明典(宮崎神宮)
川村康夫(宮崎県護国神社)
日高 忠(宮崎県護国神社)
  7年11月17日~19日中武信明(鵜戸神宮)
川越 篤(宮崎神宮)
川村康夫(宮崎県護国神社)
小田玄洋(宮崎県護国神社)
  8年11月17日~19日土持英征(速川神社)
原賢一郎(宮崎神宮)
村山圭司(宮崎県護国神社)
日高 忠(宮崎県護国神社)
  9年11月17日~19日壱岐和史(栗尾神社)
河野公俊(宮崎神宮)
川村康夫(宮崎県護国神社)
山田勇徳(宮崎県護国神社)
 10年11月 4日~ 6日伊東健治(鵜戸神宮)神青協創立五十周年事業「聖寿奉祝の碑」修復及び奉告祭
 11年11月17日~19日黒木英彦(八幡神社)
日高憲司(宮崎神宮)
鬼塚圭司(宮崎県護国神社)
日高 忠(宮崎県護国神社)
 14年 5月8日伊藤俊郁(今山八幡宮)
河野博文(鵜戸神宮)
伊東健治(鵜戸神宮)
九州地区神職総会沖縄県開催につき慰霊祭
 15年10月27日~28日伊東健治(鵜戸神宮)神青協創立五十五周年事業「聖寿奉祝の碑」奉告祭
 21年 3月25日~26日長友安隆(青島神社)
串間祥亮(小戸神社)
神青協創立六十周年事業「聖寿奉祝の碑」奉告祭
     4月 7日~ 8日長友安隆(青島神社) 以下14名宮崎県神道青年会創立六十周年記念事業「慰霊祭」
詳細はこちら
 24年 5月 9日串間祥亮(小戸神社)以下13名九州地区神職総会沖縄県開催につき慰霊祭
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 25年10月9日~11日串間慶士(宮崎神宮)神青協創立六十五周年事業「聖寿奉祝の碑」奉告祭
詳細はこちら
 31年 4月12日佐師正教 他9名創立70周年記念事業
令和4年 5月10日佐師慶保 黒木興輔
日髙博史 金丸孝史
宮崎県神社庁主催
平成14年(九州地区神職総会沖縄県開催につき)
平成24年(九州地区神職総会沖縄県開催につき) ※初の神職子弟による奉仕